凧揚げの思い出

この時期お正月の話をするのは旬じゃないかもしれませんが

来年まで待つと忘れてしまいそうなので書く事にします

タイトル通り凧あげの話です

私が少年の頃家の裏が中学校でした 家の前の道を50Ⅿばかり歩くと中学校のグランドが見えます

その道からグランドまでは10Ⅿ程下がっていて風の通り道になっていました

お正月前後になると 風の良い日を選び凧を飛ばします

そのころ私が飛ばしていたのは竹で編んだ紙製の「やっこ凧」です

 

凧の下の紙の様なものは風に対する安定を保つためのもので

私は足と呼んでいたように思います

なんせ半世紀近く前の話なので忘れていることも多く・・・

この足は新聞紙で作りました

風によって長さを調整します

タコ糸を釣り竿のようにしゃくりながら風に乗せます

うまくゆくとあっという間に凧は高く空に舞い上がります

逆に風が弱いときはうまく飛ばず何度もやり直します

強すぎる風の時も厄介で凧がきりきり舞いしたり 破れたりします

結構難しいんです

うまい具合に風に乗せれ凧を上げたとき どこからか友達が集まってきます

1人また1人と数が膨らみます

凧がうまく上がるときはみんな歓声を上げます

ある程度上がるとタコ糸がなくなりますもっと飛ばしたいんだけれど おこずかいが乏しく凧を引き戻すしかありません

そんな時現れるのが僕の父親の弟のおじさんです

おじさんが来ると「タコ糸買ってこい」とお金をくれます

近所の駄菓子屋まで3分くらいです 喜び勇んで買いに走ります

タコ糸を3巻くらい買い なくなる度にたしてゆきます

いつの間にか凧を操るのはおじさんに代わっています

当時おじさんは20台半ばくらいでしょうか

年季が入って上手です

糸がなくなる度に買いに走りかなりの糸を足したころには 凧は遥か彼方 米粒のようになり

遠くで飛んでいるカラスと見分けがつかないくらいになります

日も暮れかけたので凧を引き戻そうとするのですが 上昇気流に乗った凧は簡単に戻せることはなく

糸が切れてきりもみしながら墜落していきます

「あーーーあ」みんなが叫びます

そこでおじさんが「タコを探しに行こう」と号令をかけます 愛車のジープに乗せてもらい何キロも先まで捜索します

クッションの悪いジープに揺られながら段差がある度に天井に頭を打ちそうになり

みんなで大笑いしながらジープを走らせた時の楽しかったこと

凧を飛ばす度にこのような事が繰り返されました

凧が見つかった事は一度も無かったんですけどね(笑)

凧を飛ばしているおじさんの姿がなんだかかっこよく見えて

その姿を眺めていることが凄く心地よい時間だったと記憶しています

おじさんは後に私の師匠になられる人で 仕事の事だけでなく生き方まで教えてくれた気がします

その後も何かある毎に実の息子のように私を可愛がり 支えてくれたおじさんも

15年以上前に・・・60歳の若さで亡くなりました

時の経つのは早いものです 私もあと数年でその年になります

おじさんの様に地域の人々に頼られ それに応えられるそんな60歳にはなれそうにもないけれど

人様に迷惑だけはかけずに生きていこうとささやかながら日々言い聞かせています

 

もうすっかり見なくなった凧あげ 思い返すと楽しかったなあ・・・

 

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